クライミングにおける呼吸法。忍術:氣合術。



世界のトップクライマーの登りを見ていると、ほとんどのクライマーが自らの限界を打破するために「雄叫び」を上げている。さまざまなクライミングビデオで見られる、「ウオー!!」や「ダー!!」という雄叫びはいわゆる「気合い」の一種なのだが、単に「気合い」を入れているだけではなく、「呼吸」をコントロールし、本来のパフォーマンスをより発揮するために行なわれている。これ、実は「氣合術」と呼ばれ、れっきとした武術のテクニックでもある。ここでは「氣合術」をいかにクライミングに取り入れ、パフォーマンスを発揮できるのかを考えてみたいと思う。


フランスのナショナル・ルートセッターであり、ボルダリング日本代表合宿のセッターとしても知られるトンデ・カティヨ氏は、この呼吸のコントロールを念頭にしたトレーニングに力を入れているらしい。合宿に参加していた渡辺数馬氏はTwitterで以下のように発言している。



トンデがずっとアドバイスしてるのは「呼吸がクライミングの核だ」って事。「呼吸をコントロールせず完登しても、それはただラッキーだっただけ 。呼吸はメンタルコントロールでもある」 by 渡辺数馬氏(ツイッターより)


うーん、これは興味深い発言だ。
それでは、氣合術の古典でもある「即席活用忍術気合術秘伝」を紐解きたいと思う。「即席活用忍術気合術秘伝」には以下のように描かれている(一部読みやすく改正しています)。


◯氣合術は昔から武道の奥秘


武術においては古来より気合、矢声、と称し武士が勝負の場合には必ず用いられておったようで、徳川氏時代は盛んであった。名人は彼の伊藤一刀斎、宮本武蔵、荒木又右衛門があった。気合術は元来が心の作用であって外観に現れたる挙動は心の作用を大ななしめ、又はこれによって生じたる結果を見るべきものである。即ち此の術は心と心との感通以心伝心の術である。気合術は他の剣術、柔術、馬術、弓術、槍術、砲術等の如き武芸と同じからずして、これら武芸を行うべき根源となるべき精神の鍛錬法である。


○大喝一声法


気合術を行うには「エイっ」という大喝一声をかけるを普通とする。ある人はこの掛声の効力を説明して曰く、少し重いものを持ち上げるのに一声「ソレッ」という掛声をすると不思議にも容易に軽々しく持ち上げるものだと言われている。この掛声と同時に全身筋肉は緊縮し精気旺盛となり勇気が出るものである。


◯阿吽の呼吸法


阿吽(あうん)の呼吸とはいかなるものか。即ち「阿」は息を吐き出す姿。「吽」は息を吸い込む姿である。息を吐き出す時は筋骨が緩む、息を吸い込んで下腹に入ると筋骨が閉まるなり。「阿」の時は力なく、「吽」の時は力が入る。即ち、これ虚実にして我実にして敵の虚を撃つのは即ち下腹に息を入れて敵の吐く息の時に突くので、突くに応じて倒れるなり。気合をかける妙機は即ちこれである。我は息を引き込んでいて、敵の吐く息と見る機一発「エイっ」と声をかけると立ち所に敵の気を奪い去ることができるのである。


要するに、気合術とは、掛声によって呼吸をコントロールし、精神統一(メンタルコントロール)を図り、また、呼吸のコントロールによって筋力を最大限に利用する術なのである。

最後の引用にある「阿吽の呼吸法」というのも面白い。引用文は敵との戦い時における間合いの取り方だが、クライミングにおいても「間合い」というのは重要になってくるかもしれない。それは、単に全ムーブに力を入れれば良いというものではなく、「吽(うん)」の呼吸、即ち、息を吸い込むことによって力をため、「エイっ」と吐き出す(阿の呼吸)ことによってためた力を使うということが重要になってくる。ということは、単に「うおー!!」や「おりゃー!!」と掛け声を出す(息を吐き出す)ことが重要なのではなく、むしろ、その一歩手前で息を思いっきり吸い込むことが重要なのかもしれない。

かつて、世界的なクライマーである白石阿島さんのお父さんが「阿島は、力の入れるところと、抜くところのバランスを他の人よりもよく知っている」というようなことをインタビューで話していた。そのバランスはもしかしたら呼吸によってコントロールされているのかもしれない。ボルダリングなど短いルートであれば、力を入れる呼吸のみが必要かもしれないが、スポーツクライミングなど長いルートになってくると、やはりどこかで力を抜かなくてはエネルギーがもたない。その辺り、うまく呼吸をコントロールすることにより効率的に行っているのかもしれない。

クライミングとは多くの場合「無酸素運動」である。それは呼吸をしない「無呼吸運動」なのではなく、呼吸によって取り込まれた酸素の循環が運動に対して追いつかないのである。マラソンのように、常に酸素を循環させ、エネルギーに変え、持続してゆくようなスポーツとはちょっと違っている。しかし、多くの優れたクライマーは、呼吸をコントロールし、クライミング中に酸素をエネルギーに変える時間を与え、少しでも持久力を確保してゆくのである。とにかく短時間に多くの酸素を吸い込み、多くの酸素を吐き出すことを心がける必要があるだろう。「阿吽の呼吸法」を念頭において登っていきたいものだ。


過去記事「忍術のすすめ|忍者返し攻略のヒント?!クライミング・ボルダリング」