御岳・忍者岩がチッピング被害!?日本のクライミングシーンはどうなって行くのか...

昨日クリスマス、信じられないようなニュースが日本のクライミングシーンを駆け巡った。 日本のボルダリング段級グレードの根本を成す、「忍者岩」の忍者返し(1級)その他の課題がチッピング被害にあったというのだ。 クリスマスイブ〜クリスマス当日にかけての、人出の少ない時間帯を狙った計画的な犯行、最悪なプレゼントをクライミングシーンにもたらしたのは他でもない、今もネットを見ながらほくそ笑むクライマーの一人なのである。(岩道は今回のチッピングの状況からして、犯人はクライマーだと判断しています)

国内最難関課題、那由多のチッピングに続き、日本ボルダリングの超鉄板課題「忍者返し」までもがチッピング被害にあってしまった。一体誰が、何の目的で行っているのか?

とにかく、絶対に許すことのできない犯行なのである。今すぐにでも犯人を見つけ出し、日本のクライミングシーンから永久に追放したい気持ちでいっぱいだ。

その情報はTwitter、Facebookを駆け巡った。その詳細を投稿してくださった方の内容をここに掲載させていただきたい。










まとめると、犯行はクリスマスイブ24日の夜から25日早朝にかけて。人手が少なくなるのを見越しての犯行のようで、クリスマスイブにおそらく一人で、みんなが楽しんでる時にこっそりと岩を砕きに行くような、そんな残念な奴は一体誰なんだ!


チッピング被害にあったのは、忍者岩の「忍者返し(一級)」、「蟹(2段)」「虫(3段)」と「デッドエンド (一級)」のようだ。


引き剥がされた場所や、ヤスリがかけられて保持しずらくなった場所があったという。そして、犯行に使用したであろう
ヤスリまでもがそこに放置されたままだったという。 またデッドエンドのポケットに泥がねじ込まれていたという。これらの状況から判断するに、犯人は確実にクライマーかクライミング経験者であると岩道は確信する。それは、課題のラインとホールドの保持感を確実に「読めている/判断できている」からだ。対象課題を登れなくてチッピングしたというよりは、昨今のクライミング人気で御岳に過度に集まる初中級クライマーを遠ざけようとしているのかもしれない。ロッククライミングマガジンの現地調査によると「その破壊と加工行為はSNS上で噂されているヤスリで加工されたレベルとは言い難く、岩質上、大掛かりな工具で行われたと予想できました。」とのこと。短時間に複数の課題を、そして難易度を少しあげるような方法でのチッピングは、かなり手慣れているような気がしてならない。

仮にアクセス問題によるチッピングだとすると、こういった方法のチッピングにはならないだろうし、今回のチッピングはどう判断してもクライマーの仕業だと言えるだろう。


参考までに、忍者返し」の初登は約35年前、伝説のクライマー池田功によって1982年/83年になされた。言わずと知られた段級グレードの核となるようなもので、日本の1級といえば「小川山のエイハブ船長」か「御岳の忍者返し」と言えるだろう。


そんな歴史を持った好課題が、一人のクライマーによってチッピングされ、この世から消え去った。


一体、日本のクライミングシーンどうなってるのか!?もう一度ここで問いたい。今、この記事を読んでいるあなたも、いつかチッピングに加担してしまうとも限らない。チッピング犯、それは人間の持つ巨大なエゴ、嫉妬が作り出した、いわば「祟り神」のような存在なのだ。祟られたクライマーにならないためにも、全てのクライマーは自らの弱さを受け入れる大きな心を持つべきであり、この超加速化した社会において、自然の時間軸に寄り添う「クライミング」という活動を楽しむべきなのである。クライミングは単にスポーツではなく、文化としての側面を持つ活動なのである。それは単に他人と競うものではなく、自らを押し上げてくれる武道の一つなのである。岩との対話から生まれる人間形成の道、すなわち、「岩道」なのである。


世界中の多くのクライマーが自然と対峙し、真の強さを持つために自らの限界へと挑戦をしている。それが時としてグレードとして一つの尺として現れてくるのかも知れない。しかし、多くのクライマーに「あなたの今までのベストクライミングは何だったか?」と聞けば、返ってくる答えはこうだ。


「長い時間、1つの課題に打ち込み、自らの限界を超えたクライミング」

「あまりの集中で、すべての音が消えて自然と調和を感じたクライミング」
「ハイボールで極度の緊張のなか、恐怖心がふっと消えて自分の力を信じることができた瞬間」

など。


最高のクライミング、それはグレードではないことを本当のクライマーなら知っている。

今回のチッピング犯に伝えたい。
「もっともっと強くなりたいなら、本当に登りたいラインを自分で探し出し、初登するんだ」
もし御岳がクライマーだらけになって嫌なら、もっと違うローカルのエリアに行けば良い。そこで一人孤独に岩との対話の時間を持つべきだ。

人と競う合うな、人と比べるな、君は君のクライミング人生を生きていけば良い。時間はまだまだある、君のクライミング人生はこの先数十年と続いて行くことだろう。(でもチッピングで多くの人々が目標としている課題を壊すな)


そこで君はきっと気付くことができる、グレードとは一体何なのか?そして、自然の中ではそのグレードがいかに意味を持たないか、チッピングがどれだけ馬鹿げたことであるかを。そして本当の強いクライマーに一歩でも近づくことができるだろう。

もうこれ以上、悲惨な「祟り神」をクライミング界に放出しないように、クライミング業界の方々、今一度「精神鍛錬」としての、「武道」としてのクライミングの普及、教育方法に目を向けてもらいたい。